ひさしぶりに母校へ

昨日、出身大学の「就職ガイダンス」に参加するため、久しぶりに母校へ行ってきました。いや~、懐かしかった‥
かつての通学路だった千代田線・根津駅から大学までの道を辿っていたら、学生時代の有象無象のいろいろな思い出がフラッシュバックし、何度か涙腺が緩んじゃったり(最近私は涙もろいです)。
そして、15分くらいかけてゆっくり歩き、ようやく大学の門まで辿り着いた瞬間、なぜか分からないけどまた明らかにグッと来るものがあり、またもや涙腺うるうるうる‥(もうしょうがない)。

構内を歩いている学生さんたちが、かつての自分の同級生たちにダブって見えたりして(だって、みんな楽器担いでる格好なんて変わらないんだもん!)、しまいには軽く錯覚(幻覚!?)すら覚えてしまいました。周りの学生さんには相当ヘンな奴が来たと思われたに違いない。

たぶん、弦楽器にせよ管楽器にせよ、あちらこちらに楽器を持っている人たちがウロウロしている光景なんて、今の私の生活ではそうそう見られないので、そういう姿を目の当たりにしただけで感動してしまったんですね。
結局、私は今、音楽とか美術とかの芸術と向き合える環境そのものに、とても飢えてるんだと思います。
私は、高校も大学も、芸術に携わる子たちに囲まれた生活でそれが当たり前だったので、当時はその環境が世の中的に非常識なように思われ、さっさと卒業してしまった訳ですが、いま考えると「かけがえのない空間だったなー」と思える訳でして。ほんと、失ってみないと大切さには気づけないものですね。

こんなふうに、のっけから「涙腺ゆるゆるモード」で校舎に入った訳ですが、いざ「ガイダンス」で喋るとなるとそんな感動も吹っ飛び、ありえないくらい緊張しました(+_+)  だって、教授陣もズラリと聴講席に座ってらっしゃるんだもん!!ひえ~!!
おまけに聴講生の数が、私の想像していた人数の倍くらい居て、なんだか申し訳ない気持ちになってしまいました。恐縮です!

喋った中身としては、自分の仕事の専門的な話をそんなにディープにしてもしょうがないだろうと思ったので、「就活対策こんなことやりました」とか、「今の仕事はこんな感じです」的なことを20分程度話して終わりましたが、学生さんたちがとても熱心に聞いてくれたのが、ありがたいやら申し訳ないやら‥。複雑な思いに駆られてしまいました(みなさんごめんなさい)。

でも、ガイダンス終了後に学生さんたちが次々といろんな質問をしてくれて、その答えを考える作業は、間違いなく私自身にとって有益なものになりました。
学生さんたちの質問は、学生だった頃の私が抱えていた不安や疑問とまさに重なるもので、そういえばいつのまにか解消されていったんだなー、ということに気づいたのです。
時が経ち、経験を積んだことによって、知らず知らずのうちに克服していったことも随分たくさんあるんだなぁと思い、彼らに納得してもらえる回答ができたかどうかは分からないけれど、自分にとってはそれが嬉しい発見でした。

そういえば、今から5、6年前、大学2~3年生の頃の私は、“就職”や“仕事”、“人生観”“価値観”といったキーワードを巡り、今よりもさらに漠然とした状態でひたすら揺らいでいました。いろんなことが不安でたまらなかった。
だけどあの時、長い時間をかけて悩み抜いたおかげで、当時の自分としては“考えた末にようやく見えた、最良の答え”に辿り着けたんだと思います。
でも考えてみれば、その時に出した“最良の答え”が、そういつまでも通用する訳がないですよね。周りの環境も自分の気持ちも、どんどん変わっていくのが当たり前だし。実際、当時の自分が出した答えとは違う道を、今の私は模索しているんだと思います。だけどそれは、5年前の答えが間違っていた訳ではなく、この5年の間でいろんなことを経験したからこそ、また新しい道・新しい悩みが生まれたんじゃないでしょうか。

結局、その時その時の自分がどうしたいのかをその都度考えることは、自然なことなんだと思います。もちろん、“その時”に選択する答えは大抵、将来を見据えて出すものだけど、想定したビジョンは絶対的なものじゃないし。そんなことを考えました。
どんなに考え抜いて捻り出した答えでも、時が経って環境と気持ちが変われば、軌道修正したくなって当然な訳で。

今回、若い学生の皆さんの悩みや迷いを聞いて、あらためて「人間はずっと悩み続けるもんなんだな」ってことを学びました。当たり前だけど。
でも彼らと話していて、ようやく自分も、「悩んだり迷ったり、焦ったりすることはきわめて正常なことなんだ」と思えて、悩む自分を許し、受け入れられる気持ちになりました。
なので、今回のガイダンスへの参加は、学生よりも誰よりも、私自身にとって有意義な機会になったと思います。声をかけてださった先生には改めて感謝したいくらい。
そして、いろいろ励ましてくれた友人たちにも感謝の気持ちでいっぱいです☆みなさんありがと~♪


‥と、だいぶ気持ちが高揚してきたところで、最後に今日の写真を一枚。
うちの学食(「大浦食堂」という名前です)の思い出のメニュー、「豆腐のバタ丼」の写真を載せさせて頂きます。これ、学生時代はいったい何食お腹に入れたかなぁ。ひさびさに頂いた「バタ丼」は、ちょっと味が濃かったような‥。。。ま、それもまた一興!? おじさん、ごちそうさまでした!
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Commented by めい at 2006-05-12 00:28 x
お疲れ様ー!!無事終わって良かったね!!

今から考えると学生の頃って、確実に今とは違う世界だったと思う。
学生の時当たり前のことが実は当たり前じゃなかったんだよねーーσ(^_^;)。わかるわかる、その気持ち(爆)。

それだけ自分がスレてしまったのか、それを成長と呼ぶのか分からないけど、
周りの人や環境のありがたみとか、大切さとか、
そういうものに気づくことができる今は今で、とても幸せだと思う。うん。
学生の頃からそういう風に生きていれば良かった・・と、
すごく後悔したりするけれどねん・・。
その点、久美ちゃんはちゃんと自分に向き合って学生時代を過ごしていたわけで、とっても尊敬。

バタ丼、懐かしい!!
大好きだったなーー☆♪
Commented by cuminK at 2006-05-14 00:56
ほんと、学生の時には感謝できなかったことがたくさんあるよね。
私なんて、大学のこと“どうしてこんな浮き世離れしてる世界なんだ!”て、ちょっと否定的にすら思ってたもん(^^;)

今となっては、あの世知辛くない世界が貴重に思えてしょうがない‥
世間とは違う尺度や価値観でモノを捉えていた環境だったと思わない?

だから極端なこというと、私たちの大学では“就職活動”なんてどうでも良いんじゃ‥とも思っちゃうんだよね。
俗世とは隔絶された、守られた世界でありつづけていてほしいような‥(非常に勝手な希望だけど。)

音楽とか美術って、もちろん本気で取り組むのはとても厳しい世界だけど、それでもやっぱり心にゆとりのある人じゃないと無理だもんね。
その心が擦り減ってしまわない環境であるためには、やっぱあの独特の“浮き世離れ”のイメージは必要なんじゃないかなぁ。
ほんと、バランスとるのって難しいね。
Commented by imabendrot at 2006-05-14 07:16
言ってること、すごーく分かる!
大学のときは、ここはものすごく「守られた」空間なんだっていう気持ちがすごくあったなあ。それに気付いたのは卒業間近だったけど(笑)
社会に出ると、自分でちゃんと意識してないと、そういう芸術的空間がどんどんなくなっちゃうよね。
でもふと気付くと、自分らしさを支えてくれているのは、やっぱりここなんだってあらためて思ったりしました。(だから、いまの私みたいに無謀なことをやってみたりするわけなのね・・・^^;)
でも、とにかく今は、音楽と出会えた人生で、本当によかったな〜って心から思います☆感謝しつつ、お互い精進しましょうね〜。
Commented by cumin at 2006-05-19 19:43 x
こどもの頃から音楽が身近だった環境に身を置けたのは、つくづく親に感謝ですよね。自分の根っことなる部分は、かなり若~い時期に形成されてたんだな、て今更ながら実感‥。
音楽は、一生かけて研究しても し尽くすことはできない、深い世界なので、(生意気いうと)“相手に取って不足は無い”ものだと思う。
学生の時の勉強なんてほんの序の口にすぎないから、imabendrotさんのように勉強を再開したくなるのは至極当然でしょう。

私も細々とながら、切れることないように頑張りまーす!これからもハッパかけてくださいねっ♪
by cuminK | 2006-05-11 02:50 | 日記 | Comments(4)